第11回 ナポリタンにハンバーガー。舌を虜にする港町オーセンティックBAR。(後編)

 口開け14時。この日はあたしの取材時間に合わせて、いつもより1時間早い13時には看板に灯りが点る。

 1320分、一番客が来店。ひとり呑みの常連男性だ。

「店の前を通りかかったら、今日はもう開いていたから」

 いつもより早い時間からオープンしていることに戸惑うこともなくスムースに入店されるところが実にスマート。ビールをハーフパイント楽しまれた後、「ジェムソン」ソーダ割に移行。そして和男さん、綾さん、スタッフさんお二人にもお酒を差し入れされる。

 それから1時間ほど経った14時半過ぎに、お連れさんが来店され、二人で昼酒に親しんでいらっしゃる。

 そのすぐ後の1440分頃に、5名の団体客が来店。観光客のようだ。男女半々くらいでやや年配の方々。ソファ席に案内され、黒ビール、バーボン、ミモザ、モスコミュールと好みのものを各々注文。すると間髪入れず、5名分を段取りよく用意すべく、スタッフ総動員で店が動き始める。

 注文を取る人、酒を作る人、ナプキンとコースターを出す人。和男さんを筆頭に4名の連携プレイがお見事。

 その間にも、あたしのチェイサー、カトラリーなども用意をし、さらなるカクテルも作ってくださりながら、空いたグラスを下げるタイミングもバッチリで、団体客がバランタインのストレート、モヒートを追加オーダーされるのにも瞬時に対応。阿吽の呼吸。流石だ。

バックバー

 15時になろうとする頃、今度は、男女二人連れがご来店。

「観光をしていて、ちょっと遅れてしまいました!」

 和男さんにお詫びをされながら店奥のカウンター席に着席。常連さん席だ。事前に予約をされていた模様。

 お二人の上気した笑顔、声の張りから、「スリーマティーニ」に来ることを心底楽しみにされていた様子が強く伝わってくる。常連さんのようだけれど、しょっ中は来られない土地にお住まいの方だと推察される。巡った酒場の話を和男さんとされながら、カクテルを召し上がっておられる。

 BGMがスカに変わった。それに呼応するように、お店もどんどんと盛り上がっていく。

 1515分。あ! いっちゃん~。

 以前に隣り合って、最高に愉快なひと時を過ごさせてもらった常連さんだ。

 ヌイ族(ぬいぐるみ愛好者)を標榜するいっちゃん、船でのお仕事に従事されていらっしゃる方だ。乗船時に同行するぬいぐるみの話から、電柱に縛り付けられていたウサギのぬいぐるみの救出話と、今日も話題が飛び抜けて面白い。が、そんないっちゃんも、「今日は初夏のような天気ですね」などと、至って真っ当な挨拶をするものだから、思わず吹いてしまった。

 前回は、アーミースタイルでの来店、今日はパナマ帽のスタイリッシュな格好だ。あたしが隣で呑みながら取材メモを取っていたら、「ヘミングウェイのようですね」と言ういっちゃん。真面目とキテレツが同居している格別に味わい深いひと。いろんな顔を見せてくれる、大好きな酒呑みだ。

 

 隣り合ったお客さんたちとも衒いのない会話を楽しめるのも、「スリーマティーニ」の魅力のひとつ。

「ぶらっと寄れる気軽さ。遠くに転勤された常連さんが、『帰ってきたよ』と足を運べる店。常連も一見も境なく、一緒に楽しめる空間でありたい」

 和男さん・綾さんご夫妻の理想とするバーの形。

「オーセンティックバーだけれども、敷居高く"バーでござい"ではなく、文字通り"パブリックバー"でありたい」

 という和男さんの言葉がそのまま体現されている。

 常連さんたちは「さんま亭(スリーマティーニのスリー=さん、マティーニのマ=ま)」と呼ぶ。まるで食堂みたいと和男さんは笑う。

 それほどまでに気安く、美味しく、楽しく集えるバーなのだ。

 

 著名な方々にも愛されてきた。

 アンクルトリスでもお馴染みの故・柳原良平さんもご贔屓にされており、オリジナル看板を作ってくださったほど。当初は店外に飾っていたけれど、外観だけ撮影して帰る人が増えてしまったため、現在は、カウンター内からしか見えない、内側天井付近に飾られている。カウンターに立つ人間のみ愛でられる仕様。なんたる贅沢。

店内カウンター中の天井に飾られている柳原良平さんのオリジナル看板

 好いバーには、好い人たちが集う。酒の磁力の素晴らしさも実感しながら、「砂肝のソテー」を頂く。

 我が故郷・熊本が誇る甘い醤油が味の決め手のソテー。朝じめされた砂肝に綾さんが一つ一つ包丁を入れ、下拵えをしたもの。甘い醤油、りんご、生姜、韓国味噌、ニラで構成された"お肉に合うソース"で味付けされている。

 これに和男さんがペアリングしてくれたテキーラ ブランコのソーダ割が共鳴し合う。熟成度合いの低いブランコの青みがソースの生姜によく合うのだ。コリコリッとした砂肝の食感も大変に好みで、さらに酒が欲しくなる。

砂肝のソテー
テキーラ ブランコ ソーダ割(砂肝のソテーとのペアリングカクテル1酒目)

 今度はテキーラベースにベルモットを利かせた「テキーニ(=テキーラマティーニ)」を作ってくれた。テキーラは、「アガバレス」の"ブランコ"と「ドンフリオ」の"レポサド"という熟成違いのダブル仕様というのが憎い。

テキーニ(砂肝のソテーとのペアリングカクテル2酒目)
(左から)テキーラ「ドンフリオ」の"レポサド"、 テキーラ「アガバレス」の"ブランコ"、ベルモット「1757」

 憎いついでに、さらにもう1酒所望するという猟奇的行動に出てしまったのだが、和男さんは嫌がることもなく、ニヤッとしながら出してくださったのが、「メスカル」の水割り。焼けた大地のような味わいが、醤油の香ばしさにピタリ。

 旧知の仲だった一徹さんと、若かりし頃から「人知れぬ酒場」を開拓されてきた和男さん。行きつけの焼き鳥屋にもテキーラとメスカルを常備してもらっているというだけあって、さすが、和の味わいとのペアリングのさせ方も抜群だ。

 「一瞬のひらめきを大切にしている」のが、和男さんペアリングの真骨頂。綾さんの料理とのまるでジャズのようなセッションが一品ごとに繰り広げられる。宝物のようなひと時だ。

 隣り合ったお客さんたちと同タイミングで「砂肝のソテー」に追い飯を投入してもらい、ますますの口福。砂肝の旨味を存分に吸い込んだ白米、なんたる美味さだ。

「メスカル」の水割り(砂肝のソテーとのペアリングカクテル3酒目)
砂肝のソテーに追い飯

 オーセンティックバーとは思えないほど食欲までも満たしている最中にも、お客さんたちは老若男女問わず、一人客、二人連れと続々と来店。BGMはジャングルに切り替わった。さぁ、これから、ますますのご繁盛タイム。

 柳原良平さんが描いた和男さんが表紙の『Whisky Voice』を眺めながら、「ダルマ」(正式名称「オールド」)の水割りをキュ~っと吸い込んで、フィニート。

 隣では、ひとり呑み女性がギムレットを楽しんでいる。

柳原良平さんが描いた「スリーマティーニ」山下和男さん表紙の『Whisky Voice』
オールドの水割り。スリーマティーニ創業30周年オリジナルラベル

 外に出れば、まだ日は高い。このギャップたるや。まるで夢を見たかのような心持ちで、青空が広がる海辺へ。

 さぁ、野毛に行こうか、元町に行こうか。横浜の夜はまだまだこれからだ。

店名

バー スリーマティーニ

住所

神奈川県横浜市中区山下町28 ライオンズプラザ山下公園104

電話番号 

045-664-4833

営業時間

水・木・金:15:0023:30

土・日:14:0023:30

定休日

月・火

アクセス

みなとみらい線 元町・中華街駅1番出口より徒歩3

※営業時間・休日は変更となる場合があります

※メニューは時期などによって替わる場合があります。